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松江城 其弐 松江&出雲旅行 12 「島根県 松江市」 [城]

「松江城は昭和10年 国宝保存法により国宝に指定された
しかし 戦後の同25年の文化財保護法施行で国宝指定の基準が変わり
判然としない歴史的事実が多いなどとして 松江城は重要文化財にとどまった」

となっていた松江城(正確な築城年が判明しないのがネック)

皆さん御存知かと思いますが

昭和12年の調査では存在したと記録に残っている

松江城天守創建に関わる2枚の祈祷札

松江神社で調査していたところ

「慶長十六」等と墨書きされた2枚の棟札が発見され

2015年(平成27年)7月8日 正式に国宝に指定

めでたしめでたし (V)o¥o(V)

で なんとも”ずんぐりむっくり"な姿
P3282101.JPG

天守発祥の姿を残す 望楼型と呼ばれる学術的価値が高い形なんだとか

正面の出っ張りは 付櫓と呼ばれるもの
P3282102.JPG

これを付け加える事で

天守の狭間から攻撃する時に 死角を少なくする事が出来ます

ピュンッ(ノ-_・)/|)‥‥…>>━→  >>-(゚ロ゚)→プス    _:(´ཀ`」∠):_ヤラレタ~

内部に入ると下駄箱
P3282103.JPG

もちろん 下駄箱は最近作られたのですが ここは?

入り口から侵入してきた敵を

上から串刺し~ ウリャ(;-_-)ノ∝━━━━━━∈グサグサウリャ

そして 天守内にも井戸がありまして
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これは 鳥取城を兵糧攻めにした時に堀尾吉晴が

城内で飢えた人たちが 人肉まで貪る悲惨な姿を見た経験上から

籠城に耐える城造りを目指したのだとか

一人しか上がれない階段に大広間
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周りから 大勢の兵士で向かい撃てます ウケケッ ツンツンッ(`▼´)━━━━━∈
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そして階段は桐で軽く 簡単に引き上げる事が出来るのだとか
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そして 柱は合板?
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松江城築城当時は 日本全国築城ラッシュ

木が足りなく 古い城や神社の木材を再利用で継ぎ接ぎし

でもそれが 結果的に強度を高める事になりました

それにしても良い眺め (^^)/
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石垣の横矢も しっかり確認できます
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それにしても 石垣から天守へのラインが奇麗です (^^♪
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本丸の一画には 祈祷櫓の跡がありまして
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松江城下では 今でも盆踊りが行われないのだそうです


そういえば
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別名は千鳥城でしたね (^o^)丿

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松江城 其弌 松江&出雲旅行 11 「島根県 松江市」 [城]

日付が変わり 3月28日

一畑ホテルからレイクラインで 城近くまで行こうと思っていましたが

一方向にしかない路線なので またまたカラコロ工房で下車
Map.gif

ここから歩いても 松江城まで歩いて5分ほど

途中 満開の桜(ソメイヨシノではありません)をウットリと眺め
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松平直政堀尾吉晴の像を通過
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あ! 松平直政の像あたりから ドドーンと
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城が見え始めます
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1607年(慶長12年)に着工 完成は1611年(慶長16年)だとか

ちなみに堀尾家は 三代目の忠晴が死去後は後継ぎが無く断絶

次に入城した京極忠高も同じ道を歩み その後 松平直政の松平家が

明治維新まで この地を治めていきます

大手門を入って馬溜は 桜の開花に合わせて「お城まつり」の準備中でした
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うわっ! なんとも大きい井戸 \(◎o◎)/
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二の丸へ入ります
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途中 しっかりと食違いが分かります
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二の丸の一画には

興雲閣(明治36年の1903年に完成)
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明治天皇の巡幸に合わせて作られましたが 実現しなかったそうです

それに 松平直政 堀尾吉晴 松平不昧公 徳川家康が御祭神の松江神社
P3282098.JPGP3282099.JPG

縁結びに御利益が有る?とか無いとか (^_^メ)

そして またまた井戸と
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奥に見えるのは 二の丸番所を再建したトイレ (・.・;)

一之門をくぐると いよいよ本丸 (^o^)丿
P3282100.JPG


ちなみに松江城の櫓や板塀は すべて再建された物です

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元離宮二条城 4 「ちょこっと京都 11」 [城]

本丸を出ます

西橋から見た内濠と天守台
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そして 西側の本丸への入口は?
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しっかりと 「食い違い」になっています

西橋を渡り 右へ廻ります

ここには 西北土蔵(重要文化財)
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米蔵だそうです
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そのまま右回りに歩くと

北中仕切門(重要文化財)
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城内の北側を東西に分ける門で 反対側には南中仕切門もあります

ん! 加茂七石?
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八瀬真黒石・鞍馬石・畑石・糸掛石・紅加茂石・紫貴船石・畚下石を言い

これら七石が 一堂に揃って見られる石庭があるのが二条城です

そして 遠目に見る事しか出来ない

北大手門(重要文化財)
P2021821.JPG

P2021820.JPG

二条城の最後はコチラ (^o^)丿
map_zentai.jpg

いやはや

世界遺産とは知っていましたが 国宝があるだけで無く

こんなに重要文化財があるとは驚き w(◎o◎)w

見学に1時間以上費やしてしまいました

ちなみに 二条城の前から乗ったタクシーの運転士さん曰く

「庭園までゆっくり見たら 2時間はかかるよ!」

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元離宮二条城 3 「ちょこっと京都 10」 [城]

撮影不可の二の丸御殿を見学した後は

二の丸庭園
P2021800.JPG

特別名勝の二の丸庭園(池泉回遊式庭園)

慶長7年(1602年)から慶長8年(1603年)頃に

小堀遠州が作庭したとされ

視点が複数ある事から 八陣の庭(意味分かりません)とも言われています

さて 二の丸庭園はサラッと流し

本丸へ

東橋と本丸櫓門(重要文化財)
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本丸の正門であり 寛永3年(1626年)に造営
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天明8年(1788年)の天明の大火で唯一焼け残った

本丸内の建物なんだとか

内堀(幅は25メートル)
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石垣も立派 \(^o^)/
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もしかしたら この上に櫓が?

本丸御殿(重要文化財)
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この御殿 実は
 
明治26年(1893年)に 旧桂宮邸を移築して再建された物だそう
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本丸御殿の玄関
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天守閣跡
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それなりの高さがあるのですが

京都市街の眺めは 良くありません(写真は本丸御殿方向)
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今回は この辺り (^o^)丿
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元離宮二条城 2 「ちょこっと京都 9」 [城]

東大手門をくぐり すぐ右側には

番所
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将軍が不在の場合(まぁ将軍様は ここには滅多に来ませんが!)

江戸から派遣された武士が 毎年二組(一組50人)

一年交代で番にあたっていたそうです

数少ない 江戸時代の遺構なんだとか
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唐門(からもん) 築地(ついじ)
P2021791.JPG

どちらも重要文化財
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この唐門は 二の丸御殿の入口にあたり正門となり

後水尾天皇が行幸の際

伏見城から移築された?と云われています

装飾(彫刻)が何とも素晴らしいと思います
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唐門をくぐって左手に

釣鐘
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説明看板を御覧下さい (^o^)丿
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さて次は 国宝に指定されている

二の丸御殿
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御殿が現存しているのは珍しく とても貴重なんだそうです

中に入れるのですが 残念ながら撮影不可

徳川家康が豊臣秀頼と会見したり

最後の将軍 徳川慶喜が大政奉還を発表したりと

歴史の大舞台なのであります
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ちなみにここは
P2021795.JPG

二の丸御殿の玄関にあたり 「車寄せ」となり(多分)

牛車で中まで入れるんだとか

ちなみに造営は慶長8年(1603年)

33部屋あり 畳は約800畳あるそうです

あ! 我が家は35部屋で820畳 勝った ヽ(^o^)丿

なんちて (^^;

今回は この辺 (^_^)/
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御殿のてっぺん
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何故に 徳川の城なのに天皇家の紋章 ???

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元離宮二条城 1 「ちょこっと京都 8」 [城]

京都二日目の朝

ホテルのチェックアウトは昼12時

なので

ゆっくりと午前10時に起床 ~~~ヾ(^∇^) オハヨー♪

実は?

朝8時半に起きて 予定では伏見の酒蔵巡りをしようと・・・

しかし 寝る前にデカ盛りワンカップを呑んだせいで

(mー_ー)m.。o○ zZZZ なのでありました (;へ:)


さて ホテルから歩く事 ほぼ15分で元離宮二条城

まず櫓が見えてきたのですが その前に

城の前の通り(堀川通り?) なんと5車線もあってビックリ w(◎o◎)w
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東南隅櫓(重要文化財)
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慶長年間(1596年~1615年)に造営され
 
寛永年間(1624年~1645年)に改修されたもの

現在残っているのは ここと西南隅櫓(こちらも重要文化財)のみ

他にも櫓はありましたが

天明8年(1788年)の大火で焼失してしまったそうです

外濠(南側)
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あまり幅が広く見えませんが 西側と共に20メートルあるそうです

(東・北側は10メートル)

外濠の石垣は外周約1.8キロ

戦国時代から安土桃山時代に見られる野面積みと

江戸時代によく見られる 切込み接ぎで構成されているとか


で 入城料を払い

東大手門(重要文化財)から登城します (^o^)丿
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寛永3年(1626年)頃に造られた 本瓦葺の入母屋造り

二条城の正門となるそうです

なんとも立派ですね!
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後水尾天皇行幸の際 上から見下ろす櫓門から一重の門に変えられ

行幸後にまた 櫓門に戻されたという事です

内側から見た東大手門
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さて 二条城は
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国宝や重文が目白押し
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そして世界遺産でもありますし 4話に分けてブログにしたいと思います

(ブログネタ延ばし ´▽`)

第1話は この辺りです (^^)/
map_zentai.jpg

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小諸城 2 「長野県 小諸市」 [城]

「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ

緑なす繁蔞は萌えず 若草も藉くによしなし

しろがねの衾の岡邊 日に溶けて淡雪流る」


島崎藤村の 「千曲旅情の歌」 にも歌われた小諸城

も少し巡ってみましょうか (^o^)丿


本丸を下ると こんな看板
P9291284.JPG

2007年の大河ドラマ 風林火山は・・・えーと?

山本勘助に内野聖陽 武田信玄に市川亀治郎 でしたね!

あ! ここで懐古園の案内マップを
懐古園 地図 - コピー.jpg

看板の先には木谷という谷 天然の堀になっています
P9291285.JPG

左が本丸側 こちらも対岸と同様に急峻な崖です

この木谷を奥に進むと 前のブログの蕎麦屋 (入り口) となります

ちなみに 崖の上に見える建物は?
P9291286.JPG

富士見展望台からの眺め
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空気が澄んだ日には この辺りに富士山が見えるそうです

水の手展望台
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展望台から見えるは千曲川です
P9291290.JPG

ここは不明門があった所で
P9291291.JPG

城から落ち延びる時は ここを通って逃げ出す場所だったとか
P9291292.JPG

なんとなく道がある様な?
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水の手展望台から酔月橋を1枚
P9291289.JPG

奥で谷が二手に分かれますが 左手は地獄谷と呼ばれるそうです

木谷と同様 こちらも急峻な崖 (左上の東屋は 水の手展望台)
P9291295.JPG

という事で 城の左右と奥が天然の崖で囲われている

とても堅固な城なのであります (谷底を一周したかった!)

ちなみに この地形は田切地形と呼ばれ

浅間山の火山活動により 放出された柔らかい噴出物が堆積し

それを 河川が削って出来た地形だとか

軽井沢から小諸にかけて見られ 底の平らな谷地形が特徴らしいです

あ! 話が逸れました (汗”

再元された武器庫
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天守台に戻ってきました (天守台の手前は馬場です)
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それにしても 私でも登れそうな・・・!
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城内に一つしか無いなんて !!! それも 後から掘られた ???
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うぐいす石等 見逃がした場所もありますが とりあえず一周してみました

実は小諸城

城下町より低い位置にあるので 穴城とも呼ばれ
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停車場ガーデンから見ると 低いのが分かります
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えっ! ここもアニメの舞台 (/・ω・)/
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そして 名前が懐古園という事で

ゆめゆめ 金沢の兼六園や水戸の偕楽園の様な

庭園とお間違え無き様 (;´∀`)


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小諸城 1 「長野県 小諸市」 [城]

小諸城

今は 懐古園という名前で公園となっています

歴史は古いそうで 平安時代から鎌倉時代にかけて 木曽義仲の武将
 
小室太郎光兼が近くに居館を構えたのが初めだとか

その後この地の豪族 大井光忠が居館を鍋蓋城に改築 鍋蓋城の出城として

息子の大井光為が 現在の二の丸辺りに乙女坂城を構えました

戦国期には 村上家の所領となりましたが武田信玄により城は落城

山本勘助と馬場信房に再築城を命じ これが小諸城の原形とされています
  
そして織田 北条 徳川と目まぐるしく変わりますが

豊臣秀吉の家臣 千石秀久が城主の時に大改築を始め

息子の千石忠政の時代にほぼ完成 これが今の小諸城となっています

さて 先にブログにした大手門は
P9281161.JPG

しなの鉄道の線路を挟んで 反対側にあります
c_komoro_map_2.jpg

(黄色い線は 「しなの鉄道」 赤い枠は小諸駅です)

駅の高架橋か 停車場ガーデンの地下通路を通って行くと

まず目に付くのは三の門 (国の重要文化財)
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門の上部は徳川16代当主 家達が書の扁額だとか
P9291273.JPG

ここから先は 入園料500円 (JAF割引あり) となります

二の丸脇の石垣
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ちなみに この写真の左に下り坂 (木谷と言われています) があり

蕎麦屋がある前辺りから (ちなみに城内 蕎麦屋が数軒)

浅間山から噴出した 焼石を使った石垣が見られます
P9291304.JPG
 
この先は二の門跡

しっかりと食違い虎口になってますね
P9291275.JPG

二の丸は 乙女坂城があった場所

そして 関ヶ原の合戦に向かう途上の徳川秀忠が

上田城を攻める時に (第二次上田合戦) 本陣を置いた場所なんだとか
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北丸の弓道場
P9291301.JPG

不揃いの石垣が時代を感じさせます
P9291299.JPG

橋の写真はありませんが (取り忘れです ○o。.) 黒門橋から見た紅葉谷
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ん! 天気が良すぎて暗い地面や壁面が写っておりませんが

天然の堀となっており いざという時 橋は引き上げられ

渡れなく出来るそうです

橋を渡ると いよいよ本丸 今は懐古神社が鎮座しています
P9291278.JPG

山本勘助が愛用したとか
P9291279.JPG

この石で自分の姿を映した?らしいです ???

本丸の右奥には天守台
P9291280 - コピー.JPG

三層の天守は 寛永3年 (1626) に落雷で焼失してしまったそうです
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端っこから覗くと?
P9291282.JPG

ゾゾゾ ( ;∀;)

天守台からの眺め
P9291283.JPG

今の時期は 木々が生い茂って眺めは今一つですが

冬になれば周りの山々が きっとくっきり見える事でしょう

では 長くなりましたので
 
2話に分割します (^^)/

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龍岡城五稜郭 「長野県 佐久市」 [城]

臼田駅を下車

あれ! 案内看板がありません (''_'')

自分でプリントアウトした地図を頼りに目指すは?
P9070928.JPG


駅から徒歩で 15分くらいでしょうか

函館とココ 日本に二つしかない星形の洋式城郭で

慶応3年 (1867年)


(ちなみに松平乗謨は 陣屋格という事で天守閣等は造れず 

なので城郭の中は 御殿等の建物しか造れなかったそうです)

当時は幕府により 城を新たに造ることを禁止されていましたが
 
西洋の軍学に関心を寄せていた松平乗謨は特別に許可をもらい

フランスのボーヴァン将軍が考案したといわれる

稜堡 (りょうほ) 式築城法を用いて作られたそうです

こちらは城の脇にある であいの館
P9070945.JPG

ここで簡単な資料をもらい ちょい散策

駅から歩いてくると まずはココに着きます (であいの館の手前になります)
P9070929.JPG

ちょうど星の突先にあたりますが 左は道路 右は畑と民家になっており

まだ未完成な場所みたいです (未完成のまま 幕末を迎えたそうです)

左の道を行くと黒門 (たぶん)
P9070931.JPG

城内は現在 小学校となっています

であいの館の人いわく 授業等していますが 気にしないで城を散策して下さい

との事

この辺りから 堀を見る事が出来ます
P9070930.JPG

ちょうど星形の凹んだ部分ですね

堀 そして布積みの石垣の上に 五稜郭独特の武者返し
P9070932.JPG

武者走りが通り 土塁というのが分かるでしょうか?

大手門
P9070934.JPG

P9070935.JPG

説明看板の水色の所が 完成した堀
P9070936.JPG

大手門辺りの堀が一番広く 幅9.1メートルあるそうです
P9070937.JPG

P9070938.JPG

大手門脇 土塁の端の石垣部分
P9070943.JPG

ちょいっと 土塁の上を歩いてみました
P9070941.JPG

P9070942.JPG

この辺りに
P9070940.JPG

大砲を置くつもりだったのでしょうか?

実際 五稜郭は実戦上 極めて優れた城らしく

敵に対して死角が無く 十字砲火を浴びせられる事が出来
P9070933.JPG

また守りにしても 日本の城と違い門の数も多いので

味方の援護射撃を受けながら
 
どの方向からも 城内に引く事が出来るという利点があるそうです

城内にある田口招魂社
P9070939.JPG

写真はありませんが 唯一昔からある 「お台所」 が現存しています

ちなみに 参考として各稜角 (りょうかく 星形の頂点) の距離は

函館五稜郭は約300メートル フランスのリール市の城塞は約600メートル

龍岡城は 約150メートルなんだそうです


さて もう一つ龍岡城には 外城の北側の虎口の枡形が
 
石垣と共に良好に残されているという事で 行くつもりでした

ところが城を出た途端 急に雨が降り出し そして段々と強くなり

「参ったなぁ 小さい折り畳み傘しか持ってないし これじゃあ びしょ濡れだぁ ○o。.」
 
なんて思いながら ついつい駅方向へ戻ってしまい で 途中
 
駅まで5分ほどの所で思い出したのですが 後の祭り (/・ω・)/

せっかく行ったのになぁ (´Д⊂ヽ


余談ですが 龍岡城には函館五稜郭みたいな展望台はありません

全貌を見たいという方は近くの古城 田口城に登る事になります

(車でも登れるそうですが 詳細は定かではありません)
 
なのですが今の時代 グーグルアースが重宝します (^^)/
あ.jpg

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二本松城 (霞ヶ城) 2 「福島県 二本松市」 [城]

元々は山城だった二本松城

思ったより登りがきつく 息切れが止まりません ○o。.

木々の合間に やっと見えてきました

本丸
しらかわ にほんまつ 106.JPG

ここでは ちょっと変わった石垣を見る事が出来ます

本丸直下の大石垣
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城郭石積み集団 穴太衆 (あのうしゅう) によって築かれた

二本松城で最も古い石垣の一つなんだとか

天守台
しらかわ にほんまつ 108.JPG

しらかわ にほんまつ 109.JPG

あ! この辺りの石垣は 復元らしいです

またまた ここにも
しらかわ にほんまつ 111.JPG

しらかわ にほんまつ 112.JPG

もちろん 天守台に上がりました
しらかわ にほんまつ 113.JPG

周りの山々の眺めが・・・なんとも \(^o^)/
しらかわ にほんまつ 115.JPG

こちらは安達太良山
しらかわ にほんまつ 114.JPG

雲があって見えませんが 頂上が ポコッ 凸

別名 乳首山 (ちちくびやま) とも呼ばれています

この日 天気はとても良かったのですが かなりの強風

天守台で 飛ばされそうな気がして焦りました !!!

城の必需品ですね
しらかわ にほんまつ 117.JPG
 
しらかわ にほんまつ 116.JPG

他にも見所はあるのですが 疲れたので駅に一直線

ちなみに

二本松城は日本百名城
 
安達太良山は日本百名山と花の百名山に選定されています

そして実は

二本松城は 本丸の直下まで車で行けるのであります (駐車場有)


では今宵の宿 岳温泉へ (^o^)丿

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